大切なお知らせ(残念な方)という突然の発表
「あくたん」こと湊あくあさん(以後、あくたんと呼ばせてもらう)が、2024年8月28日をもってホロライブプロダクション、およびカバー株式会社からの卒業を発表した。あくたんは、2024年8月7日時点でチャンネル登録者200万人を超える人気VTuberだ。
その彼女が卒業を発表したことは、ファンである「あくあクルー」にはもちろんのこと、彼女最推しではないホロリス1にも衝撃な内容だったのではないかと思う。他のホロメン2は発表よりもだいぶ前には話は聞いていたようだが(2024年8月6日の兎田ぺこらさんが配信内で語っている)、おそらくその時もそれぞれ感じ方は異なれど、衝撃は走ったのではないだろうか。
当方もあくあクルーではなかったものの、箱推しのファンとしては内容を聞いて驚いた。
あくたんの「卒業理由」に想いを馳せてみる
あくたんが配信内で語った卒業理由は「会社との方向性の違い」ということだった。VTuberだって一人の「ヒト」だ。そういうことだってあるだろう。一般の社会人だって会社をやめるとなったら、「一身上の都合で」と伝えることが多いのではないだろうか。
しかし、VTuberだからなのか、この手の話になると変な邪推が生まれる。
「結婚か?」「妊娠でもした?」「内部でなんかあったんだろ」…などなど。
某SNSランドでは有象無象の噂が飛び交う。
でも、当の本人が「会社との方針の違い」というのであれば、それは受け止めてあげるしかない。VTuberだから卒業の理由を事細かく説明しなければいけないというルールはない。急に契約解除でいなくなるような喪失感と比較したら、むしろ、ちゃんと時間をとって話してくれただけでも良かったのではないか。
あくたんの配信を全部見たわけではないし、あくたんの本心の仔細はわからない。ホロライブはアイドル路線を打ち出していて、「にじさんじ」や「ぶいすぽっ!」とは一線を画していると言っても良い。だからこその窮屈さみたいなものは一定あっただろう。しかも、今や大手VTuber事務所といっても過言ではないくらい成長をしている。
ホロライブプロダクションもカバー会社の一組織であり、しかも株式上場した企業であれば尚更、情報1つ出すのにリーガルチェックが入ったりするようになっているはずだ。以前までは良かったことが、会社的に難しくなったということも沢山あると思う。(すいちゃんもXのスペースで似たようなことを話をしていた。)
そんな中で、ふと、自分がやりたいことや、進みたい方向に決心がついたとする。しかし、今いる場所ではそれが叶えられないとなったらどうか?
やれるようになるまで我慢するだろうか?
やれるように今いる場所を変えていく努力をするだろうか?
もちろん、そういった選択肢もある。ただ、選択肢はそれだけではない。自ら外に出て環境を変えるということもできる。卒業発表の配信で彼女は泣いていた(8月7日の配信でも泣いていたことを話していた)。きっと、泣くほどあくたんは悩んだのだろう。思い入れはあるはずだから。でも、カバーでは、ホロライブでは、自分のやりたいことを叶えられないと考えた…。だからあくたんは自ら環境を変える選択肢を選んだのだと思う。
卒業はあくあクルーにとってはショックだったはずだ。
しかし、本当にあくたんを推すというなら、彼女の選択を尊重し彼女の幸せを願った方が良いのではないか。あくたんらしさを存分に生かして、新天地での活躍を願っておくのが、ある意味真のファンなのかもしれない。
VTuberという職業の特殊さ
VTuberというのは、難しい職業だなと思ったりする。
芸能人であれば事務所移籍や独立など一定衝撃は走るものの、芸能活動を辞めるという発表でなければファンはそこまでショックは受けないだろう。それに、所属事務所から離れても同じ芸名で芸能活動は続けることが多い。
しかし、VTuberの場合、いわゆる「ガワ」と「芸名」は所属事務所に帰属することがほとんどだ。そのため、卒業となると基本その後、VTuberとして活動する場合「ガワ」も「芸名」も使えなくなってしまう(メタい話しで申し訳ない)。
「774inc」から「ぶいすぽっ!」に移籍した小森めとさんのようなケースもあったが、あの移籍はVTuber界隈ではとても前衛的な移籍だったとされている。
大きな契約違反のようなことがなければ、小森めとさんのような移籍が増えたらファン側としては嬉しい。ただ、企業間の契約や取り決めがあるから、カジュアルにできる話でもないのであろう。そう思うと、VTuberというのは窮屈さが一定あるなと感じてしまう。
今後、VTuber業界が醸成していくときに、この辺りの窮屈さはどう作用するのだろうか気にしておきたい。
それでも前に進んでいくしかない
あくたんに関しては、言葉を選ばず書くのであれば、卒業するだけだ。
「ホロライブの湊あくあ」ではなくなるだけだ。
ここまで散々メタいことを書いてきたが、あくたんが「ホロライブの湊あくあ」でなるだけで、未来永劫消えてしまうわけではない。
どこかで声を聞くことができるかもしれない。
活躍を耳にすることができるかもしれない。
もし、死別となっていたら、未来永劫会えない。それを考えたら、まだ推せる存在として可能性はあるわけである。もちろん、今後のことはわからない。
表舞台には出てこないかもしれないし、少ししたらまたどこかであくたんという存在に触れることができるかもしれない。
だから、「ホロライブの湊あくあ」としては推せなくなってしまうが、「どこか」、「いつか」、あくたんという存在に触れることができることを願って、ファンはそれでも前に進んでいくしかないのだろう。推し活とはそういうものな気がする。
「推しは推せる時に推せ」これは本当にその通りなのかもしれない。